奨学金の新設と拡充 成果報告

受給者レポート:哈爾濱学院顕彰奨学金

外国語学部ロシア語学科

赤澤 遼子

 外国語学部ロシア語学科4年の赤澤遼子と申します。このたびは貴重な奨学金をいただき、誠にありがとうございます。

 思いがけず授賞のご連絡があって、最初に頭に浮かんだのは、一年生のときに見た、先輩方の授賞式の光景でした。学生の多い打ち解けた場で、大年配の哈爾濱学院の方々が闊達にお話しくださり、ロシア語専攻の奥行きの深さのようなものを感じたのを覚えています。
 当時の私には賞は無縁に思えたのですが、ロシア語を学ぶ意味を考えるうえで、伺ったお話を思い出すことは多くありました。

 私は漠然と、いわゆる「語学力」を得ることを当面の目標にしてきました。しかし次第に、実学としての語学の行く先はいったいどんな「力」なのだろう、と考えるようになりました。
 交渉を有利に進める力や、文献を読む力、外国に飛び込んでいける力。身につけたい能力は多々ありますが、「力」のはたらきは時として思わぬ方向に向かいます。たとえば交渉に有利な言語能力を競う社会で、言葉の話せない方や母国を持たない方は初めから不利な状況に置かれないでしょうか。
 自分が「話せない外国人」となる留学を経験して、「特権としての言語力」の存在はいっそう強く感じられるようになりました。そして、「力」を追うばかりで周囲を見なかった学び方に抵抗が生まれてきました。

 第二次世界大戦の際、日本が英語を敵国の言語として排除したのに対し、米国は日本の研究に余念がなく、その差が日本の敗戦の一因となったといいます。知識は権力を助け、しばしばそのために必要とされます。しかし、相手の言葉や文化を理解しようとする心は、敵に優越しようとする動機とは本来相容れないものだと感じます。いま、日本人が外国について学んでいることを「戦争を有利に進める力」にしたくはありません。「力」を得ようとするなら、その用途にも注意を払う必要があるのではないでしょうか。
 社会の一員として「語学力」をどう活かしていくのか悩むとき、社会全体がどこへ向かっているのかという疑問に行き当たります。現在時点では雑多で見渡せない社会のなかで、どんな方向を目指せばいいのか分かりません。そうしたとき、哈爾濱学院の方々が経験された歴史に学ぶことは大きいです。

 奨学金は、過去から現在・未来をつなぐエネルギーだと感じます。身勝手に悩んでは勉強を中断していた私がそれをいただけたことは、戸惑いもありますが本当に嬉しいです。ご厚意を無駄にしないよう、前を向いて取り組んでいきたいと思います。

 末尾ですが、温かくご指導くださるロシア語学科の先生方、優しい友人たち、大学の方々、そして哈爾濱学院同窓会の皆様に、心より感謝を申し上げます。皆様の励ましをいただいて、幸せな学生生活があります。これからもお世話になりますが、どうぞ宜しくお願いいたします。

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