|
この度は学長賞という名誉な賞をいただき大変光栄に思っております。また上智大学100周年事業の一環である学長賞制度の初代受賞者ということで受賞の重みも一層のものです。
さて、私は「ヒマラヤ山脈サムド・ピーク人類初登頂」での受賞なのですが、高校生の時から登山をしていたわけではありません。登山は大学に入学してから始めました。私が上智大学入学時に考えていたことは「大学では新しいことに挑戦して過酷な環境で自分を試したい」というものでした。その私の欲求を満たしてくれると思ったものが登山でした。
山岳部に入部してからは生活が一変し山一色の大学生活になりました。授業の合間を縫ってランニングなどの基礎トレーニングを積み、夜は自宅でザイルワークの練習をしたりして次の入山準備をする。年間入山日数は100日を超えました。
そのような生活を送っている時に日本山岳会ヒマラヤ遠征隊の隊員募集がありました。その趣旨は「日本の大学生のみでヒマラヤの未踏峰初登頂を目指す」というものでした。私は親に相談もせずすぐに応募。どうにか日本で6名という狭き門をくぐり最年少隊員として正規登攀隊員となることができました。
誰も踏んだことのない地面。誰も通ったことのないルート。誰も立ったことのない山頂。誰も見たこともない景色。これらのことを考えると喜びで体が震えました。
ヒマラヤ登山で大変なことは実は登るという行為ではないです。一番大変なのは出国前の緻密な準備と計画です。企業を回りスポンサー協力をお願いしたり、ネパール観光省に登山許可を申請したり、ヒマラヤ特有の気象の勉強や考えうる事故の対処訓練。これらのことを学生のみでしなければなりませんでした。また隊員が関東圏だけではないのでテレビ電話を利用してインターネット上で会議をしたりしました。先輩方から「ヒマラヤ遠征は無事に出発できれば80%は成功」と言われていたが全くその通りだと思いました。
今回のヒマラヤ登山ではもちろん自分の登山の能力は向上しました。しかし一番の収穫は、企業も巻き込んだ大きなプロジェクトを学生のみで遂行できたことです。これは人生の糧になると思っています。
最後になりましたが、公私に渡り支援して下さった山岳部の監督、コーチの皆さま、応援して下さった上智大学教職員の皆さま、チャンスを下さった日本山岳会に御礼申し上げます。ありがとうございました。
|